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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)4929号 判決 1996年2月26日

甲事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という)

株式会社池本自動車商会

右代表者代表取締役

池本幸和

右訴訟代理人弁護士

角谷哲夫

甲事件被告兼乙事件原告(以下「被告」という)

石田展昭

(他一一名)

甲事件被告(以下「被告」という)

黒田徹

組織変更前の商号・有限会社林部品商会

株式会社ティーシーエス関西

右代表者代表取締役

前田勇

松本久信京阪自動車商工こと

鎌田三郎兵衛

乙事件原告(以下「被告」という)

高橋真一

右被告ら訴訟代理人弁護士

秀平吉朗

右訴訟復代理人弁護士

亀井正貴

主文

一  原告株式会社池本自動車商会の請求をいずれも棄却する。

二  被告石田展昭、同竹内保彦、同木村忠嗣、同藤森往雄、同東忠信、同龍田治男、同福田政秋、同山下濶、同木村光伸、同高垣三郎、同梶野正博、同田中寛、同高橋真一の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告高橋真一について生じた費用及び原告株式会社池本自動車商会について生じた費用の五〇分の一は、同被告の負担とし、被告黒田徹、同株式会社ティーシーエス関西、同松本久信、同鎌田三郎兵衛に生じた費用の全部、その余の被告一二名に生じた費用の三分の一及び原告株式会社池本自動車商会に生じた費用の三分の一を同原告の負担とし、その余は、右被告ら一二名の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一(甲事件)

被告高橋を除くその余の被告らは、原告に対し、連帯して、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二(乙事件)

原告は、被告木村忠嗣に対し金二一一二万円、同東に対し金二一一二万円、同竹内に対し金一四七四万円、同石田に対し金一一〇五万五〇〇〇円、同藤森に対し金三一二万円、同木村光伸に対し金九四一万二〇〇〇円、同福田に対し金五六四万四〇〇〇円、同高橋に対し金二六五万円、同山下に対し金二一三万円、同高垣に対し金一三九万円、同梶野に対し金一四二万五〇〇〇円、同龍田に対し金二〇二万五〇〇〇円、同田中に対し金四五万円及び右各金員に対する平成二年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、その取締役又は従業員であった被告ら一三名が、共謀の上、原告に在職中、原告と競合する営業を開始し、原告を倒産に追い込み自らの利益を得る目的で一斉に退職したなどの不法行為を行い、その余の被告三名も、被告ら一三名と共謀して、右不法行為に加担したなどと主張して、被告ら一六名に対し不法行為に基づく損害賠償を請求するのに対し(甲事件)、原告の取締役又は従業員であった被告ら一三名が原告に対し退職金の一部が未払であると主張して、その未払分の支払を請求する(乙事件)事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和二八年六月に設立された自動車部品の販売等を業とする株式会社であり、十数社から自動車部品を仕入れ、これを他の自動車部品を販売する会社に卸売したり、タクシー会社、自動車整備工場などに小売りしていた。

原告は、福島、野田、港、住之江、岸和田、阿倍野、城東、東部、近畿、旭、東淀川、茨木、奈良の一三の営業所を設置し、所長(一名)の下、五、六名の従業員により、営業所単位で営業を行っており、その営業地域は、大阪市内を中心として、大阪府北部、南部、奈良県の一部に及んでいる。

2(一)  被告石田、同竹内は、原告の専務取締役、同木村忠嗣は、原告の常務取締役、同藤森、同東は、原告の取締役であり(これらの被告五名を、以下「取締役たる被告」という)、同石田は、ブロック長として、野田、堺の各営業所を、同木村忠嗣は、ブロック長として阿倍野営業所を、同藤森は、ブロック長として、旭、東淀川、茨木の各営業所を、同竹内は、ブロック長として、奈良営業所をいずれも監督し、得意先拡張などの営業活動を行っており、被告東は、経理事務を担当していた。

(二)  取締役たる被告五名は、昭和六三年一二月二七日、原告に対し、退職届を提出し、被告東を除く四名は、平成元年一月二〇日、同東は、同年二月二〇日退職した。

3(一)  被告龍田、同福田、同山下、同木村光伸、同梶野、同田中は、いずれも、原告の従業員であり、同龍田は、住之江営業所長兼ブロック長として右営業所及び岸和田営業所を、監督しており、同福田は、城東営業所長、同山下は、岸和田営業所長、同木村光伸は、近畿営業所長、同梶野は、阿倍野営業所長、同田中は、東淀川営業所長を務めており、同高垣は、近畿営業所に所属する従業員、同黒田は、東淀川営業所に所属する従業員であった(これらの被告八名を、以下「従業員たる被告」という。従業員たる被告八名と取締役たる被告五名を併せて、以下「被告一三名」という)。

(二)  従業員たる被告中、被告龍田、同福田、同山下、同木村光伸及び被告高垣の五名は、平成元年二月一日、原告に退職届を提出し、同年三月二〇日退職し、同梶野は、同年一月三一日、同田中及び同黒田は、同年二月二〇日退職した。

4(一)(1) 有限会社松本オートは、昭和六二年八月に設立された会社で、平成元年一月当時、休眠状態であったが、同月一八日、その事業目的に自動車部品の卸及び販売を追加し、その商号を有限会社林部品商会に変更した(以下、この会社を「林部品」という)。

(2) 林部品は、平成五年一一月一〇日、株式会社に組織変更して、被告株式会社ティシーエス関西(以下「被告会社」という)が設立され、林部品の権利義務は、被告会社に帰属することになった。

(二)  被告松本は、松本自動車工業の名称で自動車の修理、販売を業とする者であり、被告京阪自動車商工こと鎌田(以下「被告鎌田」という)は、同松本に対し、自動車部品を販売していた者である。

5(一)  原告は、退職金として、被告木村光伸に対し二三四万八〇〇〇円、同福田に対し一三〇万円、同高橋に対し九五万円、同山下に対し五一万円、同高垣に対し五一万円、同梶野に対し四二万五〇〇〇円、同龍田に対し四五万円、同田中に対し一三万五〇〇〇円を、各支払った。

(二)  右支払額は、被告の退職時の基本給の額に原告の退職金規定(以下「本件退職金規定」という)所定の勤続年数(一年未満の端数切捨て。以下「勤続年数」という)に応じて、右規定により定められた支給率(勤続年数が二一年を超える場合、勤続一年毎に支給率一・〇を加算する。以下「支給率」という)を乗じて算定した額であった。

6  原告は、昭和六二年九月三〇日、東京生命保険相互会社(以下「東京生命」という)との間で、原告を保険契約者、取締役たる被告五名を被保険者として、企業年金保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

二  甲事件

(原告の主張)

1(一) 被告一三名は、昭和六三年当時、原告代表取締役池本幸和(以下、「幸和」という)の経営方針に日頃から不満を抱き、不満を積もらせていた。

(二) 被告竹内は、右の不満を昭和六三年九月ころまでに、被告松本や被告鎌田に打ち明けていたが、同年九月ころには、被告に不満を持つ役員、営業所長、従業員を誘って、原告と競業する自動車部品の卸、販売を業とする事業体を作り、原告の得意先を奪って、利益を上げようとの話がまとまり、同年九月から同年一二月初めころまでの間、同被告は、その余の被告一二名を右事業に参画させた。他方、同松本は、自然人である林部品の事業体を買い取り、同商会が有する自動車部品の仕入先を確保し、被告鎌田も、その仕入先を確保した。

(三) 被告高橋を除くその余の被告一六名中、林部品を除く一五名は、同年一二月、休眠会社となっていた有限会社松本オートを有限会社林部品商会に商号変更した上、その事業目的に自動車用部品の販売を加えること、林部品商会及び被告鎌田の有する仕入先から自動車部品を仕入れ、これを、取締役たる被告五名、従業員たる被告八名が原告の得意先を奪った上、右得意先に販売すること、その結果、原告が倒産したとしても、これを実行すること、右事業資金を右被告らが拠出することなどを決定した。

(四) 被告松本は、右決定に基づき、平成元年一月一八日、林部品の商号を、有限会社松本オートから有限会社林部品商会に変更し、事業目的に自動車部品の卸、販売を追加して、その旨の登記を完了した。

2(一) 取締役たる被告五名は、1の経緯から退職する決意を定め、昭和六三年一二月二七日、原告代表取締役幸和に対し、面談を求め、その席上、退職届を提出した上、「社長がワンマンで付いていけないので辞める、社内に気に入らない奴がいる、これを辞めさせなければ、辞める」などと述べた。

原告代表取締役幸和は、右退職届の提出が、経営方針の変更を求める一手段であると考え、退職届を一時預かった。

(二) 取締役たる被告五名は、同月二九日、再度幸和に面談を求め、原告の株式の五一パーセントを同被告らに譲り渡すこと、幸和は、社長を辞任して、会長となり、原告の経営に一切関与しないこと、原告常務取締役増田眞由美(以下「増田」という)及び花田部長を辞任させることを要求したが、幸和が拒否したところ、前記のように退職した。

(三) 従業員たる被告八名も、1の計画に参画し、平成元年一月から二月の間に前記のように退職した。

3 被告らの行為中、以下の行為は、原告に対する不法行為に当たる。

(一) 被告一三名が、共謀の上、原告に在職中から、原告と競合する営業を開始し、原告を倒産に追い込み自らの利益を得ることを企て、一斉に退職した行為

(二) 被告一三名が、退職の際、相当の期間をおいて予告しなかった行為

(三) 被告一三名が、退職後、林部品の営業の際、「我々が辞めたので、原告が近い将来倒産する」等の流言を流し、原告の営業先を奪った行為

(四) 林部品、被告松本及び被告鎌田(以下「被告三名」という)は、被告一三名の意図を知りながら、右被告らと共謀し、その不法行為に加担した行為

4 原告は、被告らの右不法行為の結果、ブロック長七名中六名、営業所長一三名中六名が退職したことになり、以下のような損害を受けた。

(一) 林部品及び被告松本が原告の得意先を侵食した結果生じた売上の減少による損害(平成元年二月一日から原告が従前の営業体制を確立し得る時期である平成二年八月末日までの逸失利益四三八五万六二四四円(一か月の平均売上減少分二四三万六四五八円の一年六か月分))

(二) 被告ら一三名がいきなり退職したことから、平成元年二月一日から同二年八月末日までの間、従来からの売上の伸び率が達成できなかったことによる逸失利益四七八九万一三一七円(昭和六一年から昭和六三年までの平均売上伸び率一一・八五パーセントより低い平均一〇パーセントを昭和六三年の総売上額に乗じた上、これを一・五倍して得た一年六か月分の売上高に利益率一七パーセントを乗じて算定した額)

(三) 被告一三名の退職による人員不足のため、昭和六二年に開設した港営業所を平成元年一月二〇日に閉鎖せざるを得なくなったことによる損害三〇〇万円(営業権の買取価格一五〇万円及び家主に支払った予告期間六か月分の家賃計一五〇万円(月二五万円))

よって、原告は、被告高橋を除くその余の被告一六名に対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、連帯して、右損害の内金四〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成元年七月一六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

1 被告らの行為は、不法行為に当たらない。

(一) 被告一三名は、各自が自由な意思に基づき退職したものであり、原告に損害を与える目的で退職したものでもなく、退職自体が不法行為に当たるものではない。

また、被告一三名は、原告主張のように、在職中から、原告と競合する営業を開始し、原告を倒産に追い込み自らの利益を得ることを共謀した事実はない。

(二) 原告と被告一三名との間で、被告らが、退職後、原告と競業する営業活動に従事することを禁止する約款はないから、被告らが、原告を退職後、原告と競業する営業活動に従事したとしても不法行為に当たらないことは明らかである。

2 被告らの行為と原告主張の損害発生との間の相当因果関係の存在も争う。

3 被告三名が被告一三名の不法行為に加担した事実もない。

三  乙事件

(被告らの主張)

1 取締役たる被告の退職金等請求について

(一)(1) 原告には、取締役についての退職金規定は存在しないが、退任した取締役について、退職金額を「退職時の基本給×取締役在職年数×貢献率」との方法で算定した退職金を支払う慣行があった。

(2) 取締役たる被告は、原告の事業の発展に多大の貢献をしたのであるから、その貢献率は、被告木村忠嗣、同東が三、同竹内、同藤森が二、同石田が一・五とするのが相当であり、取締役在職期間は、被告藤森が三年、その余の被告四名が一一年であり、退職時の基本給額は、被告木村忠嗣、同東が各六四万円、同竹内、同石田が各六七万円、同藤森が五二万円である。

(3) したがって、取締役たる被告は、原告に対し、退職金として、被告木村忠嗣が二一一二万円(六四〇〇〇〇×一一×三=二一一二〇〇〇〇)、同東が二一一二万円(六四〇〇〇〇×一一×三=二一一二〇〇〇〇)、同竹内が一四七四万円(六七〇〇〇〇×一一×二=一四七四〇〇〇〇)、同石田が一一〇五万五〇〇〇円(六七〇〇〇〇×一一×一・五=一一〇五五〇〇〇)、同藤森が三一二万円(五二〇〇〇〇×三×二=三一二〇〇〇〇)を請求することができる。

(二)(1) 原告は、前記のように、昭和六二年九月三〇日、東京生命との間で、原告を保険契約者、取締役たる被告五名を被保険者として、本件保険契約を締結し、右被告らは、原告を退職したことにより、右契約に基づき、東京生命から、中途脱退一時金(以下「脱退一時金」という)の支給を受けることができる。

(2) 脱退一時金は、みなし加入年月日から退職日までの保険期間に応じて支払われるところ、被告石田は、右期間が一二年、脱退一時金が四六万八〇〇〇円、同藤森は、右期間二二年、脱退一時金一七六万一〇〇〇円、同竹内は、右期間二三年、脱退一時金一九一万一〇〇〇円、同東は、右期間二五年、脱退一時金二二〇万五〇〇〇円、同木村忠嗣は、右期間二九年、脱退一時金二七九万円である。

(3) 取締役たる被告五名は、脱退一時金相当額を、本件退職金規定又は原告の退職年金規定(以下「本件退職年金規定」という)に基づき、直接、原告に対して請求できると解すべきである。

すなわち、原告は、本件保険契約に基づき交付される給付について、本件退職年金規定を定めているところ、右規定が、本件退職年金規定の給付を受けた場合、退職金規定による退職金額から右給付額を控除する旨定め(三一条)、本件退職金規定が、退職年金規定により年金又は一時金が支給される者には、退職金規定を適用しない旨を定めること(六条)を総合すれば、本件退職金規定を適用して、まず、退職金の総額が決定され、次いで、本件退職年金規定を適用して、本件保険契約に基づく給付額が支払われ、しかる後に、退職金総額から給付額を控除して、残金があるときは、原告が本件退職金規定に従って、右残額を支払うものと解すべきである。

そうすると、本件保険契約に基づく給付も、退職金規定がその支払の根拠となると解すべきであり、右給付が支払われないときには、被告らは、本件退職金規定及び本件退職年金規定に基づき、原告に対し、直接、右給付額相当額の支払を請求できると解するのが相当である。

(4) 本件退職年金規定は、加入者が懲戒解雇された場合には、本件保険契約に基づく給付を行わない旨を定めており(二九条)、本件保険契約においては、原告は、東京生命との間で、契約者たる原告が被保険者が年金受給権を取得した被保険者に対する将来の年金の一部又は全部を支払わない事由を定めた場合において、契約者たる原告が、その被保険者に関する年金の支払につき、その事由に該当したことを証明する文書を添付して、東京生命に給付の制限を申し出たときは、東京生命が、被保険者に対し、年金を支払わない旨の条項があり、これが脱退一時金にも準用されている。

原告は、平成元年七月一四日、東京生命に対し、同年二月二五日の取締役会決議により、取締役たる被告五名について、重大な背任行為により、退職給付金を支払わない旨決議したとして、右取締役会議事録を添付して給付の制限を申し出たため、東京生命は、右被告らに対し、右脱退一時金の支払を拒否した。

(5) したがって、取締役たる被告五名は、原告に対し、本件退職金規定又は本件退職年金規定に基づき、少なくとも、脱退一時金相当額の右金員の支払を請求することができる。

よって、取締役たる被告五名は、原告に対し、退職金支払慣行に基づき、被告木村忠嗣が二一一二万円、同東が金二一一二万円、同竹内が一四七四万円、同石田が一一〇五万五〇〇〇円、同藤森が金三一二万円、仮に右請求が理由のないときは、本件退職金規定及び本件退職年金規定に基づき、右脱退一時金相当額及び右各金員に対する本件訴状送達により請求した日の翌日である平成二年二月二二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 従業員たる被告の退職金請求について

(一) 原告の退職金規定は、従業員の退職時の基本給額に支給率を乗じて算定する旨の定めがあるが、右規定にいう基本給額は、基本給額以外に職務給額を加算した金額であると解すべきであり、また、原告は、従業員の退職金額を算定する際、支給率に更に貢献率として二倍を乗じて算定する慣行があった。

(二) 従業員たる被告の<1>入社日、<2>退職日、<3>在職年数、<4>支給率、<5>退職時の基本給と職務給の合計額は、以下のとおりであり、また、前記のように<6>退職金支給額は、以下の金額である。

(1) 被告木村光伸 <1>昭和三八年三月一日、<2>平成元年三月二〇日、<3>二六年、<4>二一、<5>二八万円、<6>二三四万八〇〇〇円

(2) 同福田 <1>昭和四五年二月二日、<2>平成元年三月二〇日、<3>一九年、<4>一四、<5>二四万八〇〇〇円、<6>一三〇万円

(3) 同高橋 <1>昭和四九年三月二二日、<2>平成元年二月二〇日、<3>一四年、<4>九、<5>二〇万円、<6>九五万円

(4) 同山下 <1>昭和五二年七月八日、<2>平成元年三月二〇日、<3>一一年、<4>六、<5>二二万円、<6>五一万円

(5) 同高垣 <1>昭和五三年一月二三日、<2>平成元年三月二〇日、<3>一〇年、<4>五、<5>一九万円、<6>五一万円

(6) 同梶野 <1>昭和五三年三月一日、<2>平成元年一月三一日、<3>一〇年、<4>五、<5>一八万五〇〇〇円、<6>四二万五〇〇〇円

(7) 同龍田 <1>昭和五四年一〇月四日、<2>平成元年三月二〇日、<3>九年、<4>四・五、<5>二七万五〇〇〇円、<6>四五万円

(8) 同田中 <1>昭和六〇年一二月二一日、<2>平成元年二月二〇日、<3>三年、<4>一・五、<5>一九万五〇〇〇円、<6>一三万五〇〇〇円

(三) したがって、従業員たる被告は、原告に対し、退職金として、以下の金額を請求することができる。

(1) 被告木村光伸 九四一万二〇〇〇円(二八〇〇〇〇×二一×二-二三四八〇〇〇=九四一二〇〇〇)

(2) 同福田 五六四万四〇〇〇円(二四万八〇〇〇円×一四×二-一三〇〇〇〇〇=五六四四〇〇〇)

(3) 同高橋 二六五万円(二〇〇〇〇〇×九×二-九五〇〇〇〇=二六五〇〇〇〇)

(4) 同山下 二一三万円(二二〇〇〇〇×六×二-五一〇〇〇〇=二一三〇〇〇〇)

(5) 同高垣、一三九万円(一九〇〇〇〇×五×二-五一〇〇〇〇=一三九〇〇〇〇)

(6) 同梶野 一四二万五〇〇〇円(一八五〇〇〇×五×二-四二五〇〇〇=一四二五〇〇〇)

(7) 同龍田 二〇二万五〇〇〇円(二七五〇〇〇×四・五×二-四五〇〇〇〇=二〇二五〇〇〇)

(8) 同田中 四五万円(一九五〇〇〇×一・五×二-一三五〇〇〇=四五〇〇〇〇)

よって、従業員たる被告八名は、原告に対し、右退職金額及びこれに対する本件訴状送達により請求した日の翌日である平成二年二月二二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(原告の主張)

1 取締役たる被告の退職金等請求について

(一) 取締役が、会社に対し、退職金を請求するには、定款の定め又は株主総会の決議で退職金を支給すること及び支給額を定めるべきところ(商法二六九条)、取締役たる被告に対する退職金の支給について、原告には、定款の定めも株主総会決議もないのであるから、取締役たる被告五名の本件退職金請求は、失当である。

また、取締役たる被告主張の退職金支払慣行の存在も争う。

(二) 取締役たる被告五名が、本件保険契約に基づく給付額を、直接原告に対して請求できるという右被告らの主張は争う。

また、取締役たる被告は、原告在職中から、原告を倒産に追い込み、自らの利益を図るため、林部品に勤務したものであり、右行為は、本件退職金規定所定の退職金不支給事由である「在職中のまま無断で他に雇用された者」(三条四号)に当たる。

2 従業員たる被告の退職金請求について

従業員たる被告らの退職金請求は争う。

本件退職金規定によれば、原告が、従業員たる被告に支払うべき退職金額は、退職時の基本給額に支給率を乗じて算定したものであり、原告は、右被告らに対し、この方法で算定した額の退職金額を全額支払済みである。

本件退職金規定にいう基本給に職務給を含まないことは、右規定の文理上明らかであり、また、退職金支払の際、貢献率を考慮して支給額の二倍を支払うという慣行も存在しない。

四  主たる争点

(甲事件)

1 被告一三名の各行為が不法行為に当たるか否か。

2 被告一三名の各行為と原告の主張する損害との間に相当因果関係があるか。

3 被告一三名の各行為が不法行為に当たる場合、その余の被告三名が右不法行為に加担したか。

(乙事件)

1 取締役たる被告五名が原告主張の慣行に基づき退職金の支払を請求することができるか。

2 取締役たる被告五名が、本件退職金規定及び本件退職年金規定に基づき、原告に対して、直接、脱退一時金相当額の支払を請求することができるか。

3 本件退職金規定所定の基本給額が、基本給額以外に職務給額を加算した額か。

4 本件退職金規定に基づく退職金額算定の際、支給率に更に二倍の貢献率を乗じて、これを算定する慣行があるか。

五  証拠(略)

第三争点に対する判断

(甲事件)

一  被告ら一三名の退職に至る経緯

1 当事者間に争いのない事実に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、池本米蔵により、昭和一五年に中古車解体を業とする個人営業として設立され、その後、昭和二八年六月に法人化され、同人が代表取締役、長男吉男、次男幸和、三男吉孝が取締役に就任したが、昭和五〇年、米蔵が会長に就任して事実上引退すると、吉男が社長となった。

当時、原告は、中古車解体、修理、自動車部品販売の三部門に分かれており、解体部門を吉男が、修理部門を幸和が、自動車部品販売部門を吉孝が担当して経営していたが、その売上の大半は、自動車部品販売部門が占めており、幸和が経営していた修理部門は赤字を重ねていた。

(二) 昭和五二年六月、原告を同族会社から脱却する方針の下に、被告木村忠嗣(吉男ら三兄弟の従兄弟)、同東(吉孝の妻の弟)、同竹内、同石田が、取締役に就任し、同六〇年四月、同藤森が、取締役に就任し、同東が、経理・税務を担当し、その余の被告四名は、営業を担当した。なお、右被告五名は、右取締役就任時に従業員としての在職期間に対する退職金の支払を受けた。

(三) 吉孝は、取締役たる被告五名に信望があり、両者の関係も極めて良好であった。また、吉孝が担当する自動車部品販売部門の営業実績も順調に向上して、その営業所数も、昭和五二年当時の五箇所から、昭和六一年五月には九箇所になった。

(四) 昭和六〇年四月、吉孝は、吉男とともに、奈良県大和高田市に設立した株式会社ヤマトの経営に専念することになり、幸和が、原告の代表取締役に就任した。

その際、吉孝は、幸和が、従来、自動車部品販売部門に関与していなかったため、被告石田、同竹内を専務取締役に、同木村忠嗣を常務取締役に昇進させ、幸和に対しては、営業を右取締役らに任せて、オーナー業に専念するよう求め、幸和も、当初、取締役たる被告五名に事業運営の実務を委ねた。

(五) 吉孝及び吉男は、昭和六一年、原告の役員を退任し、その所有する株式を幸和に譲渡し、同人が原告の株式の大部分を所有することになった。

このころから、幸和は、常務取締役増田の協力を得て、事業運営の実務全般を自ら掌握しようと試みるようになった。これに対し、取締役たる被告五名は、幸和が、吉孝と比較すると、自動車部品販売部門に関与していなかった上、その経営を担当した修理部門が赤字を重ねており、性格的にも激しいものがあり、修理部門の社員を簡単に解雇したという話などを聞いていたため、その経営者としての手腕、資質に危惧を抱いていた。そして、同人が、昭和六一年以後、取締役たる被告に対し、他の従業員の前で、激しい言葉で大声で叱責することも少なくなかったこともあって、同被告らは、次第に、幸和に対し、反発と不信感を強めるようになった。

その上、幸和は、取締役たる被告に相談せず、同年六月、自分の給与を月九〇万円から一五〇万円に大幅に増額したり、同年一一月ころ、被告石田に対し、パートタイム勤務をする幸和の妻佐与子の月給を一〇万円から四〇万円に増額するとの話をしながら、実際には、同年六月に遡って月一〇万円から九〇万円に大幅に増額したり、取締役たる被告らに相談せず、原告の所有するマンションの最上階で妻佐与子に歌謡教室を開かせるなど自己又は親族の利益を図ると思われる行為をしたため、同人に対する取締役たる被告の反発と不信感が増大した。

また、幸和は、被告石田及び同竹内が、真面目に営業業務をしていないという認識の下に、右両名に対する出勤退勤の管理を強化したり、両名を、営業所長の会議の席上、他の営業所長の面前で、厳しく叱責するなどの行為に出た上、常務取締役増田の報酬額を専務取締役である被告石田、同竹内の報酬額より高く定め、同女と二人でしばしば米子に出張したり、営業所長会議の席上、同女の使ったスプーンを使用して、同女の残したカレーライスを食べてみせるなど同女との親密な関係を強調するような行為をして、原告社内で、幸和と同女が親密な関係にあるという噂が広まった。そして、被告竹内は、昭和六三年ころ、幸和に対し、この噂を伝えて、経営者として言動を慎重にするよう諫言したが、同人は、言動を改めることなく、かえって、同被告を平取締役に降格しようとした。

このような経緯から、取締役たる被告五名の経営者たる幸和に対する不信感、反発は、昭和六三年一〇月ころまでには、深刻な状態になり、このような不信感は、従業員たる被告らの間にも広がっていった。

なお、原告の昭和六二年五月の営業成績は、売上が増加したにもかかわらず、黒字が三分の一に減少した。

(六) 被告石田は、昭和六三年一〇月末の日曜日、幸和から、営業担当の社員全員を仕入先の工具の即売会に連れて行くよう指示を受け、特に同日を日曜出勤扱いしないとは言われていなかったため、全社員に指示して、相当数を右即売会へ行かせ、全員に日曜出勤としての割増賃金をつける旨述べていたところ、幸和は、経理課に対し、社員の勉強会として行かせたつもりなので、出勤扱いをする必要はないとして、出勤扱いをしない旨指示した。そのため、割増賃金の支払を受けられなかった従業員から同被告に対し、苦情が殺到した。

同被告は、前記の経緯で経営者としての幸和に対して強い不信感を抱いていた上、幸和が、自分の業務命令で出勤させた者について、出勤扱いせず、同被告に対し、事前にこのような取扱いをすることを伝えず、部下である従業員の同被告に対する信頼が傷つけられる結果となったことで、幸和に対する反発を一層強め、原告を退職することを最終的に決意した。そして、同被告は、同年一二月初めころ、被告竹内に右決意を知らせたところ、同被告も、前記の経緯から、幸和の経営者としての資質を疑い、同人に強い不信感を抱いていたため、一緒に退職したいと申し出た。

被告石田は、次いで、被告木村忠嗣に退職の決意を知らせ、同藤森には同木村が、同東には同竹内が右退職の決意を知らせたところ、右被告三名も、前記の経緯で、経営者としての幸和に強い不信感を抱いていたため、同時に退職したい旨を申し出た。しかし、被告石田は、当初、他の取締役たる被告四名に対し、被告石田が辞任することで幸和の経営方針等が改まることもあるであろうから辞任することは思い止まるよう求めたが、右被告四名の右決意は、変わらなかった。

(七) 取締役たる被告五名は、同年一二月一四日ころ、吉孝の下を訪れ、原告を退社する旨の挨拶をした。吉孝は、いったんは右被告らの申し出を了承したが、原告のためには右被告らを慰留すべきであり、そのために提案すべき条件を考え、同月一七日、右被告五名を呼び出した。そして、吉孝は、右被告らに対し、右被告五名は辞任せず、その代わりに、幸和に対し、幸和が社長を辞め、会長に就任すること、会長就任後、経営に関する職務を役員及び社員に一任すること、次期社長、次期役員は、現役員と営業所長が合議により決定する、幸和の会長給与は、従前通りとするが、幸和の妻は退職させる、増田常務取締役に対して、退職を求め、原告から一五〇〇万円の退職慰労金を支払う、幸和、その妻などが所有する原告の株式中二二〇〇〇株を現役員及び執行部に一株二〇〇〇円で譲渡するなどの提案をすることを勧めて、その旨を記載した書面(書証略)を交付した。

(八) 取締役たる被告五名は、同月二七日、幸和に対し、同人の経営方法には付いていけないなどと述べて、退職を申し出て、退職届を提出したが、吉孝が右被告らに提案した右解決案については、幸和が受け入れる内容ではないと考え提案しなかった。幸和は、いったん右退職届を預かり、年末の繁忙期なので年明後に話し合いたいと述べた。

(九) 被告石田は、同月二八日、吉孝から幸和に右提案をしなかったことにつき、再度会って提案すること、後の処理は吉孝に委ねるよう求められた。そこで、取締役たる被告五名は、同月二九日、再び、幸和に面会して、同人に対し、幸和は代表権を持った会長になり、経営実務から離れること、原告の株式は、将来的に幸和と社員側で五〇対五〇にすること、会社業務一般は取締役たる五名で相談しながら行わせて欲しいこと及び増田常務取締役は退職することとの提案をし、これを受け入れるならば退職届を撤回する旨申し出た。これに対し、幸和は、平成元年一月五日に返答する旨を述べた。

(一〇) 幸和は、平成元年一月五日、被告石田に対し、退職届けを同日受理するが、その担当するタクシー会社の引継ぎのため、同月二〇日まで在職して、同日限り退職するよう求め、同竹内に対し、同月二〇日まで在職してもよいが遅くとも同日までには退職するよう求め、同藤森、同木村に対しても、引継ぎのため同月二〇日まで在職するよう指示し、被告東に対しては、同年二月二〇日まで在職することを求め、右被告らもこれを了承した。

以上の経緯により、取締役たる被告五名中、被告東を除く四名は、同年一月二〇日、被告東は、同年二月二〇日限り、いずれも、原告代表取締役幸和との間の合意により、任意退職した。

なお、吉孝は、同年二月六日、幸和と取締役たる被告五名の話合いを斡旋し、右被告らの復職を求めたが、話合いは決裂した。その後、取締役たる被告五名は、同月一四日に吉孝から幸和と更に交渉したが解決策が見当たらないので、原告を退職して自分の道を選択するよう連絡を受け、同月一七日ころ、林部品代表者林資規と初めて面会した。

(一一) 他方、幸和は、同年一月五日、各営業所長の出席した新年会の席上、各営業所長に対し、取締役たる被告五名が退職する予定である旨を伝え、その協力を求めたが、各営業所長は、全く予想外の事態であるとして、大変驚いた態度を示した。

(一二) その後、従業員たる被告中、被告龍田、同福田、同山下、同木村光伸及び被告高垣の五名は、平成元年二月一日、原告に対し、退職届を提出して、同年三月二〇日退職し、同梶野は、同年一月三一日、同田中及び同黒田は、同年二月二〇日退職した。右被告らが原告を退職したのは、被告石田ら取締役たる被告から誘われたからではなく、右被告らが退職することになったことを契機にして、従来からの幸和の言動に対する不信等から原告に見切りを付けて退職することを決意したものである。

(一三) 被告一三名は、同年二月二一日から三月末までの間に、林部品へ入社した。

二  主たる争点1について

1(一) 原告は、被告一三名が、共謀の上、原告に在職中から、原告と競合する営業を開始し、原告を倒産に追い込み自らの利益を得ることを企て、一斉に退職したものであり、右行為が不法行為に当たる旨を主張し、原告代表者幸和は、これに沿うかのような供述をする。

(二) しかし、原告代表者幸和の右供述内容は、推測や伝聞に基づくものが多く、原告主張の共謀の事実を直接具体的に立証するに足りるものとはいえない。もっとも、原告代表者幸和は、林部品の元社長林から、同人が、昭和六二年一二月中ごろ、原告の各営業所長と被告松本が集まった場に同席したと聞いた旨供述し、被告ら一三名が原告在職中から右主張にかかる企てをしていたことをうかがわせるかのごとくであるが、右林は、被告代理人の照会状に対する回答書(書証略)中で、同人が、このような場に同席したり、原告代表者幸和に対し、このような場に同席した旨を述べたことも一切ない旨記述していること、右認定の事実によれば、幸和が、平成元年一月五日、新年会の席で、取締役たる被告五名の退職予定を告げた際、各営業所長は、全く予想外の事態であるとして大変驚いた態度を示したこと(原告代表者幸和も、その本人尋問中でこれを認める)からすると、同日の時点で、取締役たる被告五名が、営業所長である被告らとの間で原告主張のような共謀をしていたとは認めることができないことに徴すると、原告代表者幸和の右供述を採用することはできず、ほかに原告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) かえって、右認定の事実によれば、被告ら一三名が退職したのは、原告の経営者が、取締役たる被告五名に信望のあった吉孝から、右被告らがその経営者としての手腕や資質を危惧していた幸和に交代した後、取締役たる被告が、前記認定のような経緯で、幸和の言動に反発を強め、その経営者としての手腕や資質に対する不信感を増大させ、同年一〇月ころには、このような不信、反発が深刻な状態になっていたところ、被告石田が退職を決意したことから、他の取締役たる被告四名が自発的にこれに同調して、退職を申し出、更に、右被告らの部下であった従業員たる被告も、幸和に対する反発、不信感、取締役たる被告らに対する親近感、取締役たる被告五名が退社した後の原告や自分の地位に対する不安感から、これに同調して、退職届を提出したものと認めるのが相当である。

そして、右の事実からすると、原告主張の共謀の事実や、被告一三名が原告に対する取締役の忠実義務や雇用契約上の義務に違反する行為をしたと認めることはできない。

2(一) 原告は、被告一三名が、退職の際、相当の期間をおいて予告しなかった行為が不法行為に当たり、右不法行為の結果、平成元年二月一日から同二年八月末日までの間、従来からの売上の伸び率が達成できなかったことによる逸失利益四七八九万一三一七円の損害を受けた旨主張する。

(二) しかし、取締役たる被告五名の退職については、幸和が、原告の代表取締役として、右被告らの退職申し出に対し、右申し出を直ちに受理せず、事務引継ぎなどの都合を配慮して、退職日を指定し、同被告らも、これに応じて、同日まで在職した上、退職したものであり、右退職が、原告代表取締役幸和の同意を得た任意退職であることは前記認定のとおりであるので、右被告らの退職が、原告主張の不法行為に当たらないことは明らかである。

(三) 期限の定めのない雇用契約については、労働者は、二週間の予告期間を置けばいつでも契約を解約できるが(民法六二七条一項)、毎月一回払いの月給制の場合、解約は翌月以降に対してのみ、当月の前半にその予告をすることを要するところ(同条二項)、従業員たる被告の雇用契約については、期限の定めがあったことは認めるに足りず、被告龍田、同福田、同山下、同木村光伸及び被告高垣の五名は、平成元年二月一日、原告に対し、退職届を提出して退職を予告し、同年三月二〇日退職したのであるから、右退職が法定の予告期間に違反したものはいえず、右退職について、原告主張の不法行為があったとはいえないことが明らかである。

(四) 従業員たる被告中、被告梶野が同年一月三一日、同田中及び同黒田は、同年二月二〇日退職したことは前記判示のとおりであるところ、右退職の際、同被告らが、法定の予告期間に違反したことの主張立証はない。

のみならず、仮に、右被告らについて、その退職の際、法定の予告期間に違反する行為があったと仮定しても、前記判示の証拠に照らせば、平成元年二月一日から同二年八月末日までの間、従来からの売上の伸び率が達成できなかった原因は、林部品を含む同業他社との間の競争の結果である可能性が高く(被告らが、原告退職後、林部品に就職した上、被告と競業する営業活動を行うこと自体が不法行為に当たるものでないことは、後に判示するとおりである)、右被告らが法定の解約予告期間を遵守しなかったことがその原因であるとは認めるに足りないのであるから、右行為と原告主張の右損害との間に相当因果関係のあることを認めるに足りず、本件全証拠によっても、右被告らが法定の予告期間を遵守しなかったことと原告の主張する他の損害との間に相当因果関係のあることを認めるに足りない。

3(一) 原告は、被告一三名が、退職後、林部品の営業の際、「われわれが辞めたので、原告が近い将来倒産する」などの流言を流して、原告の営業先を奪った旨主張し、原告代表者幸和は、右主張に沿うかのような供述をする。

(二) しかし、原告代表者幸和の右供述内容自体、被告らが原告主張の流言を流した行為を直接具体的に立証するに足りる事実を述べているとはいえない上、証拠(略)に対比すれば、(一)の供述をもって、原告主張の右事実を認めるには足りない。

4 なお、原告の主張中には、被告一三名が、原告に在籍中、林部品に就職した旨を主張するかのような部分もあるが、本件全証拠によっても、右事実を認めるに足りない。

5 会社の取締役及び従業員は、退職により、その会社に対する忠実義務及び雇用契約上の義務が消滅する上、退職後、新たに職を求める場合、従前の知識と経験を生かすことができる同業他社に職を求めざるを得ないことが少なくなく、同業他社に就職し、競業する営業活動に従事すること自体が当然に不法行為に当たると解することは、職業選択の自由を害するおそれがあるばかりでなく、従業員がその自由な意思に基づいて退職することを困難にして、労働基準法がその実質的な保障に配慮している労働者の退職の自由を害するおそれもある。

したがって、会社の取締役及び従業員は、会社との間で退職後の競業を禁止する旨の合意があるなど特段の事情がない限り、退職後、同業他社に就職し、競業する内容の営業活動に従事したとしても、右行為が当然に不法行為に当たるものではないと解すべきである。

そして、原告と被告一三名との間において、原告に在籍した取締役、従業員が、退職後、同業他社に就職したり、原告と競業する営業活動に従事することを制限、禁止する旨の合意や、同旨の就業規則の定めがあったことは主張立証がないのであるから、被告一三名が退職後、原告と同業の林部品に就職し、原告と競業する営業活動に従事し、同社との競争の結果、原告の収入が減少したとしても、被告一三名の右行為をもって不法行為に当たるということはできず、ほかに被告一三名について、社会的に相当性が認められた取引上の行為の範囲を逸脱した行為があったことも認めるに足りず、違法な行為があったとは認めるに足りない。

三  主たる争点3について

原告は、被告一三名が不法行為をしたことを前提として、被告一三名及び同高橋を除くその余の被告三名に対し、右不法行為に加担した旨主張して、損害賠償請求をするが、被告一三名について不法行為が成立すると認めるに足りないことは、前判示のとおりであるので、原告の右主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当である。

(乙事件)

一  主たる争点1について(取締役たる被告の退職金請求)

1(一) 取締役たる被告は、原告には、取締役についての退職金規定は存在しないが、退任した取締役について、退職金額を「退職時の基本給×取締役在職年数×貢献率」との方法で算定した金額を退職金として支払う慣行があった旨主張し、証拠(略)によれば、原告の株主総会は、昭和六〇年三月二日、代表取締役を退任した吉男について、昭和六一年五月二一日、取締役を退任した吉男、吉孝について、いずれも、右被告ら主張の算定方法による退職金の支給を決議し、右決議に従って、退職金が支給された事実が認められる。

(二) しかし、商法二六九条は、取締役が受けるべき報酬の額は、定款又は株主総会決議により、定めるべき旨を規定するところ、取締役が退職の際に支給される退職慰労金も、それが取締役在職中における職務執行の対価として支給される趣旨を含むときは、同条所定の報酬に当たると解すべきであり(最高裁昭和三八年(オ)第一二〇号同三九年一二月一一日第二小法廷判決・民集一八巻一〇号二一四三頁)、右被告らの請求する退職金も、このような趣旨の金員であると認められるので、被告ら主張の慣行があったとしても、原告の定款に定めがあるか、又は株主総会の決議がない限り、これを請求することはできないものというべきである。

そして、原告の定款にこのような定めがあること及び原告の株主総会で退職金を支給する旨の決議のあったことは、いずれも主張立証がないのであるから、右被告らの右請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(三) のみならず、前判示の事実及び原告代表者本人尋問の結果によれば、吉男及び吉孝は、原告の創業者の子として、原告の経営に当たった後、兄弟である幸和にその経営を譲って退任した者であり、両名に支給された退職金額も、このよう事情を踏まえて、その経営関係の清算の趣旨も含めて決定されたものと推認されるのであるから、これをもって、直ちに従業員から取締役に就任した右被告らの退職金額も同様に処理すべきであるという慣行があったとは認めるに足りず、ほかに被告ら主張の慣行を認めるに足りる証拠はない。

したがって、右被告らの主張は、いずれにしても、採用できない。

二  主たる争点2について

1(一) 原告が、昭和六二年九月三〇日、東京生命との間で、原告を保険契約者、取締役たる被告五名を被保険者として、本件保険契約を締結したことは、当事者間に争いがないところ、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約において、被保険者が、契約者たる原告を退職して、被保険者たる資格を喪失した場合、東京生命が、右被保険者に対し、みなし加入年月日から退職日までの保険期間に応じて脱退一時金を支払うこと、原告が東京生命との間で、契約者たる原告が被保険者が年金受給権を取得した被保険者に対する将来の年金の一部又は全部を支払わない事由を定めた場合において、契約者たる原告がその被保険者(右被告ら)に関する年金の支払につき、その事由に該当したことを証明する文書を添付して東京生命に提出したときは、東京生命が被保険者に対して年金を支払わないこと、右条項を脱退一時金にも準用する旨約定されたこと、本件退職年金規定において、加入者が懲戒解雇された場合には、本件保険契約に基づく給付を行わない旨が定められ(二九条)、原告と東京生命の間でも同旨の約定がされたこと、原告は、平成元年七月一四日、東京生命に対し、同年二月二五日の取締役会決議により、取締役たる被告五名について、重大な背任行為により、退職給付金を支払わない旨決議したとして、右取締役会議事録を添付して給付の制限を申し出たため、東京生命は、右被告らに対する脱退一時金の支払を拒否していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 取締役たる被告五名は、右脱退一時金相当額を、本件退職金規定又は本件退職年金規定に基づき、直接原告に対して請求できる旨主張する。

しかし、右認定事実によれば、右脱退一時金請求権は、原告を保険契約者、取締役たる被告五名を被保険者とする原告と東京生命間の本件保険契約に基づき、右被告らの取得する請求権であり、右契約上、右脱退一時金の支払義務を負う者は、原告でなく、東京生命であることが明らかである上、本件退職金規定及び本件退職年金規定にも、原告が直接被保険者たる従業員に対して、本件保険契約に基づく給付相当額の支払義務を負うことを定めた明示の規定がなく、しかも、被告らが、右請求の根拠として援用する、本件退職年金規定の給付を受けた場合、退職金規定による退職金額から右給付額を控除する旨の本件退職年金規定の定め(三一条)及び退職年金規定により年金又は一時金が支給される者には、退職金規定を適用しない旨の本件退職金規定の定め(六条)は、いずれも、本件保険契約に基づく給付と本件退職金規定に基づく退職金との間を調整し、二重の利得を防止する趣旨の規定にすぎないとみるのが合理的であり、右各規定が、従業員について、原告に対し、本件保険契約に基づく給付額と同額の給付を直接請求する権利を与えた規定であるとみるのは、無理があることからすると、取締役たる被告五名は、原告と東京生命との間で約定した不支給事由がない場合には、東京生命に対し、本件保険契約に基づき脱退一時金を請求することができることは格別、本件退職金規定及び本件退職年金規定に基づき、原告に対し、直接、右脱退一時金相当額の支払を請求することはできないものというべきである。

2 したがって、取締役たる被告五名の請求は、いずれも理由がない。

三  主たる争点3、4(従業員たる被告の退職金請求)について

1 原告の退職金規定は、従業員の退職時の基本給額に勤続年数に応じて右規定により定められた支給率を乗じて算定する旨定めていること、原告が、従業員たる被告八名中、被告黒田を除くその余の被告及び同高橋(以下「被告ら」という)に対し、退職金として、退職時の基本給に右支給率を乗じた額を支払ったことは、当事者間に争いがない。

2 被告らは、本件退職金規定所定の基本給とは、基本給額以外に職務給額も加算した金額であると解すべきであり、原告は、従業員の退職金額を算定する際、支給率に更に二倍の貢献率を乗じて算定する慣行があったので、右被告らが原告に対して請求できる退職金額は、原告の支払額を超えるものである旨主張し、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の取締役会は、昭和六一年一一月一五日、幸和の妻佐与子及び吉孝の妻池本寿美子の従業員としての退職金について、いずれも、支給率を二倍とする旨を決定したことが認められる。

しかし、本件退職金規定には、「勤続年数による退職金額を算定する基礎となる金額は、その従業員の基本給のみによって計算し、臨時給は含まれない」旨の定めがあり(四条)、右の規定の文理に照らせば、退職金算定の基礎として支給率を乗ずべき金額に基本給以外に職務給が含まれるものと解するのは無理があること、被告石田は、その本人尋問中で、原告が右被告らに支払った退職金額が、本件退職金規定に基づいて算定された額であることを前提とする供述をすること、被告藤森が取締役に就任した際に支給された退職金額は、職務給を加えない基本給を基礎に算定されているほか、他の従業員についても同様の扱いがされていること(証拠略)に照らせば、本件退職金規定所定の基本給額が、基本給額以外に職務給額も加算した金額であると認めるには足りず、ほかに被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

また、本件退職金規定には、支給率に貢献率を乗ずる旨の規定がないこと、被告石田は、その本人尋問中で、原告が右被告らに支払った退職金額が、本件退職金規定に基づいて算定された額であることを前提とする供述をすること、佐与子は幸和の妻、寿美子は吉孝の妻であって、両名が、原告の創立者の子で主な株主である者の近親者であること、右認定の被告藤森及び他の従業員に対する退職金額算定に当たって支給率に貢献率を乗じるような扱いをしていないこと(証拠略)に照らせば、右両名に対する退職金額の決定方法のみから、原告の従業員一般の退職金について、支給率に更に二倍の貢献率を乗じて算定する慣行があったこと及び右慣行が原告と右被告ら間の労働契約の内容となっていたことを認めるに足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

3 以上によれば、右被告らが、原告に対し、本件退職金規定に基づき、原告が被告に支払った退職金額を超える退職金請求権を有するものとは認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はないのであるから、右被告らの請求は理由がない。

四  結語

以上によれば、甲事件請求及び乙事件請求は、いずれも理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 高木陽一)

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